V字回復から持続的成長へ
1999年(平成11年)4月、鳥海社長は会長となり、辻亨専務が社長に就任した。辻新社長は「ビジョン2000 リストラクチャリング・プラン」を発表し、大幅な組織および人事制度の改革や、財務体質、事業会社のリストラを急ピッチで進めた。リストラクチャリング・プランが完了した2001年(平成13年)4月、当社は「拡大と進化」に向けた「攻めへの転換」を期し、2カ年の新中期経営計画「@ction21」を発表した。
2001年10月1日、伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社が設立された。総合商社間では初の試みとなる部門統合によりスタートした同社は、丸紅、伊藤忠商事双方の強みを生かして順調に業績を伸ばしている。
2001年11月、国内株式市場の急落やITバブルの終焉、米国同時多発テロの発生による経済情勢の急変を受けて、辻社長は「@ction21」で計画した償却の前倒し、潜在的な損失リスクの払拭を計るための2,080億円の特別損失の一括計上、さらに2002年度における業績のV字型回復(連結純利益目標300億円)を骨子とした「@ction21 “A” PLAN」(“A”はAcceleration)を発表した。「“A” PLAN」の実行により2001年度の連結純利益は1,164億円の大幅赤字となり、マスコミやステークホルダーは当社の業績に厳しい目を向け、2001年12月には一時株価が60円を割り込んだ。また、2002年(平成14年)3月には子会社の丸紅畜産による鶏肉の不当表示事件が起こり、当社に対する社会の評価は一層厳しいものとなった。
会社の存亡にかかわる危機的な状況下、役員・社員が危機感を共有し、一丸となって業績の回復に取り組んだ結果、2002年度は303億円の連結純利益を計上し、公約したV字回復を果たした。また、グループ全体を対象としたコンプライアンス体制を再構築するなど、内部統制の強化も実行した。
「“A” PLAN」を達成した辻社長は、2003年(平成15年)4月に会長に就任、勝俣宣夫専務が新社長に就任した。勝俣新社長の下で、「“A” PLAN」で蘇った収益力・社内の活力をレベルアップし、収益基盤の強化と財務体質の改善を目的とする3年間の経営計画「“V” PLAN」(“V”はVitalize)が進められた。
ポートフォリオ・マネジメントに基づいた「選択と集中」の加速化により「“V” PLAN」は順調に進捗した。収益基盤は着実に強化され、連結純利益は2003年度346億円、2004年度は412億円と相次いで史上最高を記録し、計画最終年度である2005年度も、計画当初の目標だった500億円を大きく上回る738億円超となった。財務体質も順調に改善し、「“V” PLAN」 終了時、2006年3月末のネットDEレシオは2.83倍と、スタート時(10.3倍)の約4分の1まで圧縮されたほか、株主資本は6,638億円まで拡充されてネットリスクアセットの5,726億円を上回り、「“V” PLAN」の最重要課題の一つであった「リスクに見合った財務体質の構築」も達成された。
「“V” PLAN」の完遂により、同計画が目指した「上位商社と伍して戦える、力強い丸紅の復活」のための基盤作りを終えた丸紅は、2006年4月に、新・中期経営計画「“G” PLAN」を発表した。「“V” PLAN」を成功に導いた経営システムをさらに強化して磐石な「守り」の態勢を敷くと同時に、事業領域の拡大、商社機能の高度化・多様化、戦略分野への積極投資などの「攻め」に転じることで、丸紅グループの持続的な成長を成し遂げるための2カ年計画である。連結純利益の目標は2年間合計で2,200億円とし、連結純利益1,000億円以上を安定的に稼ぎ出し、優良資産の選別を厳格に行ってROA(総資産利益率)2%以上を目標にしている。また、財務体質の安定性を維持しながら、2年間で5,000〜6,000億円の新規投資を計画に織り込んだ。
その後 “G”PLANはきわめて順調に進捗。ほぼ全ての計数が目標を上回る形で達成された結果、2008年度の連結純利益は1,472億円と5期連続で史上最高益を更新。こうして丸紅は持続的な成長力を示し、内外にその完全復活を印象づけることになったのである。

