【コラム】ポトマック河畔より

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米国経済の長期停滞と激しい変化

丸紅米国会社ワシントン事務所長今村卓

オバマ大統領は、任期中に景気後退入りを経験せずに退任できそうである。就任した2009年1月こそ、未曽有の金融危機の渦中だったが、FRB(米連邦準備理事会)の超金融緩和政策が効き、景気は同年6月に底打ち、そこからの景気の拡大はこの11月まで7年半近く続く。

※これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2016年11月発行)のコラムとして2016年10月に執筆されたものです。

長期停滞が続く米国経済

しかし、この長い景気拡大のペースはあまりに緩慢である。過去7年の実質経済成長率はわずか年平均1.9%。しかも、その前の景気後退中にはリーマン・ショックがあり、米国経済は4%も収縮していたから、この程度の拡大では金融市場にも、企業にも、そして有権者にも景気がよくなったという実感が生じない。認識はむしろ長期停滞だった。今年の大統領選で共和党候補に政治家でない不動産王ドナルド・トランプ氏が指名されたことも、民主党候補に指名されたヒラリー・クリントン前国務長官が選挙戦では不人気に苦しんだのも、この長期停滞が強く影響している。

専門家の中で、この長期停滞を最初に米国経済の構造的な問題として指摘したのは、2013年11月、オバマ政権1期目にNEC(国家経済会議)委員長を務めたサマーズ元財務長官だった。米国経済が慢性的に投資よりも貯蓄が好まれる状態になり需要不足が生じて低い経済成長が続いてしまうという同氏の主張に対しては、当時は異論も多かった。しかし、その後3年も投資の停滞と低い経済成長が続き、長期停滞は事実になっている。しかも投資不足が長引いて、米国経済の労働生産性の伸びが低下し、潜在成長率も2%を割り込むようになっている。

過去に比べた潜在成長率の低下は、米国でも高齢化は緩やかに進み、人口の多いベビーブーマー世代が引退年齢を迎えていることから避けられない現象なのだが、長期停滞では現役世代でも失業状態が長引いて労働能力を失い、労働市場から退出してしまう人が増えてしまう。実際、現役世代で就業をあきらめる人の割合は、金融危機前と比べてかなり多くなっている。その結果、潜在成長率が高齢化で予想された以上に低下してしまっているのだ。

内部で続く激しい変化

一方で、米国経済の内部では停滞とは逆の目まぐるしい変化が起こり続けている。UberやAirbnbなど、長期停滞の下で躍進を遂げた企業は少なくない。しかし、低い経済成長の下で企業のイノベーションを伴う国内投資が増えれば、他の企業の需要や投資の減少を伴うことが多くなる。例えば、Uberは競合するタクシーから需要を奪い、利用者のライフスタイルの変化から自動車需要を抑えている可能性もある。Airbnbは宿泊業から需要を奪い、今ある住宅を使うためホテルなどの建設投資を減少させる可能性もある。その他の積極的な国内投資を行う企業も、競争力の維持・向上へ自動化や省力化目的の投資が多くなるため、雇用の減少が生じる、高学歴や高スキルの人材へのシフトが進む場合が多い。また、近年の株式市場では企業への株主還元圧力が強くなりがちであり、企業が従来よりも投資より配当増加や自社株買いに資金を配分せざるを得なくなっている。

こうした米国経済の内部で起きる変化は、従来なら通用した米国経済の需要・雇用の刺激策や規制緩和の効力を打ち消してしまう可能性も高い。世界的な競争を勝ち抜くためにコスト削減と技術革新を進める企業に対して国内雇用の維持を求めても、それで競争力が損なわれれば元も子もない。企業の投資促進へ株主還元圧力を弱める政策を導入する動きがあれば、投資家は阻止に動くだろう。労働力の拡大には長期失業者の労働能力の回復も重要だが、企業の求める人材の変化の大きさと長期失業者の多くは変化に応じにくい中高年という条件の下での有効な再訓練の実施は本当に難しいだろう。

今年の大統領選に米国経済の長期停滞が影響しながら、選挙戦では経済政策が重要な争点にならなかった。それも無理もない。有権者は労働者や消費者あるいは投資家であり、激しい変化は実感しているのだ。選挙戦ではトランプ氏が製造業の国内回帰と大減税で4%成長と説き、クリントン氏は所得再配分を重視した公約が目立ったが、多くの有権者はどちらも効かないとみたのだろう。

こうした米国経済と大統領選の現実は、米国に進出する丸紅グループ、日本企業にとって、2017年以降も課題が非常に多い事業環境が続くことを意味する。激しい変化も長期停滞も、それに対して政治が有効な政策を講じられない状態は継続する可能性が高いということである。それでも、日本に比べれば、世界の中では米国は高収益と需要拡大の余地が大きい有望市場であることには変わりはない。そうであれば、自らが米国で変化を起こす、より早く対応できる企業となる、米国の長期停滞の克服に貢献しうるビジネスを求め、拡大していくことで活路を見出すべきなのだろう。



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