【コラム】ポトマック河畔より

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変化は必要だが難しい、過渡期に入った米国

丸紅米国会社ワシントン事務所長今村卓

丸紅グループ報「M-SPIRIT」2009年3月号から始まった本コラムも48回目。筆者の寄稿はこれが最後になる。今回は締めくくりとして、この8年間の米国の変化をまとめてみたい。

※これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2017年11月発行)のコラムとして2017年10月に執筆されたものです。

大恐慌の再来は防いだが…

第1回で取り上げたのは、2009年1月に行われたオバマ前大統領の就任式。当時の米国は深刻な金融危機に陥り、市場も経済も就任式当日の天候のような厳寒の様相だった。この就任式に過去最高の約180万人の観衆が押し寄せたのも、「オバマ新大統領に米国の再生を賭けるしかない」という期待の表れだった。

オバマ前政権はその期待にある程度は応えた。同政権の景気・金融安定策とFRBの超金融緩和により、暴落していた株価が先行して09年春に底打ちし、同年半ばには景気も回復に転じた。そこから始まった景気拡大は今も続いている。大恐慌再来の恐れさえあった米国経済を、緩やかとはいえ回復に導いたオバマ前政権とFRBの功績はもっと高く評価されてよいと思う。

とはいえ有権者の評価がそれほど高くないことにも意味がある。景気回復の恩恵が企業と高所得層に集中し、中所得層以下である大半の米国民が回復を実感できなかったからだ。オバマ前政権と民主党にとって、その政治的コストは非常に大きく、議会選での不振の連続や16年大統領選の敗北につながった。

当時の深刻な金融危機に対して、超金融緩和を続けて資産価格のてこ入れを促すという政策は適切だった。いや、他に選択肢はなかっただろう。前政権にとっての誤算は、家計の所得格差の拡大や企業の経営姿勢の保守化によって、資産効果が景気拡大の加速や幅広いセクターへの波及につながらなかったことだ。雇用の回復も遅れ、12年の大統領選直前の失業率は8%近くに高止まり。オバマ氏の再選が阻まれてもおかしくなかった。

※第1回はコーポレートサイトには掲載されていません。

早すぎた変化

それでもオバマ氏は再選を果たし、退任まで安定した支持を得た。打ち出した政策や理念が時代を先取りしていたと多くの有権者には見えたからだろう。リベラル志向の強いミレニアル世代が有権者数で最大勢力になる。性的少数者(LGBT)の権利が認められていく。非白人比率が上昇を続け民族多様化が進む。こうした社会の変化の中、オバマ前政権下では同性婚が合法化され、移民政策の改革も進むなど変化への対応が予想外に早かった。

しかし、この変化が米国社会の分断という思わぬ結果ももたらした。保守派は、オバマ氏が米国の伝統を壊して社会を誤った方向に導くという危険を強く感じていた。大統領選では多くがオバマ氏に投票した白人労働者階級は、裏切られたという疎外感を強めていた。景気回復の実感はなく雇用も改善しない。支持したオバマ氏は少数派を重視し自分たちを忘れたかのよう。勤勉に働き、納税や軍への志願で国に貢献してきたのは自分たちなのに。

こうした不安や不満を誰よりも早くつかみ取り、オバマ氏の進めた変化を明確に否定したのがトランプ大統領である。同氏の16年大統領選の勝因はこうした人々に「米国を再び偉大な国にする」と訴え、不安や不満を解消したことだったのだろう。

現に大統領になったトランプ氏は、オバマ前政権の否定に拘っている。移民制度の厳格化、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、「パリ協定」からの離脱方針の表明、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉など、トランプ政権の実績と今後の優先課題の大部分は、前政権否定の政策である。

筆者は8月上旬にウェストバージニア州で行われたトランプ氏の支持者向けの集会を視察した。実際に支持者が住む地域で、前述の政策を進めたと強調する同氏の演説を聞くと、あまりに空虚に感じられた。集会が開かれたのは、老朽化したビルが並び、空き店舗ばかりの寂れた街だった。製鉄所などがあり栄えていたのは1970年代まで、半世紀近くも衰退が続いているのである。どうやって米国に製造業を復活させるつもりなのか。トランプ氏の唱える移民規制の強化や企業への国内生産の優遇措置、中国やメキシコ叩きで、ここに製造業を誘致できるなどと思う人はいないだろう。それでも集会ではここに雇用を取り戻すというトランプ氏に観衆は歓声を上げる。ずっと政治から無視されてきたこの人々にとり、「あなたたちをもう忘れられた人々にはしない」と呼びかけてくれるトランプ氏はまだまだ希望の対象なのである。支持率が低迷して政権運営に苦戦している同氏だが、支持基盤は引き続き盤石とみてよいだろう。

進路探しの過渡期に入った米国

こうしてみれば、トランプ大統領への政権交代は、米国が進むべき道を見出せない過渡期に迷い込んだ表れといえる。オバマ氏を否定して変化を拒むだけのトランプ政権には適切な解は見出せないだろう。オバマ前政権下で進んでしまった分断がトランプ政権下で解消されることもあるまい。民主党もトランプ政権後に進めるべき変化の方向性を見出せていない。高齢化、非白人比率の上昇、ミレニアル世代のプレゼンスの増大、世界における経済、軍事でのプレゼンスの低下といった変化は今後否応なく進む。残念だが米国の迷走はかなり長引くとみられるが、今後相当の長期で見ても、世界に米国に代わるリーダーとなる国が現れるとは思えず、日本を含め世界が、米国が適切な方向性を見出すまで迷走すると考えるべきなのだろう。

とはいえ、米国には思考と議論を経て適切な変化を見つけ、実現してきた歴史がある。そのダイナミズムが失われたとまでは言えない以上、過渡期を経て変化は起こるとみるべきだろう。丸紅グループにとっては、その変化の予兆を米国の政治の現場であるワシントンで探り続けることが肝要だ。この非常に重要な役割は、今年10月に就任した峰尾所長が率いるワシントン事務所に託される。その健闘に大いに期待して筆者の8年にわたるコラムを終えることにする。

最後に、長い間、本コラムをご愛読いただいた皆さま、本当にありがとうございました。次号から始まる峰尾所長のコラムにぜひご期待ください。



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